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戸谷英世のブログ

住宅によって国民が豊かになる方法を考えるブログ

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リースホールドと定期借地権

リースホールドと定期借地権

日本の定期借地権による住宅開発の取り組みは、基本的にずれています。その理由は、住宅開発をなぜ定期借地権で行なう必要があるかという視点が曖昧で、デベロッパーやビルダーが、土地代にとられる費用を自分の事業費に取り込むという発想から始まっているからです。

それでも、土地を持っている人に借地利用を納得させないといけないということから、相続税と固定資産税、都市計画税の減免があるということで、税金対策という何か本来の定期借地権による住宅開発とは別のことで、地主を説得しようとしています。

提起借地権ということになると、次の2つが注目されます。
(1)稲本洋之助もと東京大学教授で、民法学者です。
(2)戸谷英世に代表されるHICPMの複数の理事、幹事です

稲本洋之助は、現在の定期借地権制度の理論的支柱であるのに対して、HICPMは、イギリスのガーデンシティの発案者エベネツァ・ハワードの理論と実践を現代の日本に読み替えて進めようと取り組んでいるグループです。

その実例としては、百年定期借地権に日本で初めて取り組んだ大熊繁紀氏(ロッキー住宅)です。ムカサガーデンはその代表的な事業で、そこでは住宅購入者が住宅を取得することで資産形成を実現し、地主は、その不動産自体を大きな不動産賃貸料を将来に向けて増大することのできる資産価値のある物に作り上げています。

英国では、このような借地権で行なう事業をリースホールドによる事業と言って、ガーデンシティも、その後のニュータウン事業も、リースホールドによって行われてきました。リースホールドという概念自体荘園制度のもとで始まったもので、土地の王様(ランドロード)のもとでの人民は基本的にリースホールドでしか土地を利用することができませんでした。

ヨーマンのような自由農民、つまり荘園の外で土地を持って農業をする人の土地保有はフリーホールドと言います。現在でも持ち地、つまり土地所有のことは、フリーホールドと言います。

リースホールドについて、稲本洋之助は、それを時間的所有権と言って、借地期間に限って借地人が期限付きの所有権を取得するものだと、間違った説明をしています。そして、リースホールドという借地権を取得するために、借地期間内の地上権を買い取ることをすることになると解説しています。その事実は英国にはありません。

リースホールドは、借地期間との対応で、その間の地代は当然変動するわけで、それを契約時期に決めてしまうことなどできるはずはありません。そこで決めることは、地代の決め方としてどのようにするかを決めるもので、地上権は売買するものとは違います。

英国の地主は、基本的にその土地を熟成することで無限の利益を生み出そうとするもので、更地の売買価格を支払っても、とても手放そうとはしません。地価を固定的に捉えて、変動はないもののように考え、地上権を地価の一部として決めるという考え方自体、日本での現在に条件に立った考えにすぎません。

そのような、自分の想像を元にした考えで、英国のリースホールドを勝手にでっち上げて、英国のリースホールドは、と勝手な解説をするのが、日本の知識人の知識であり、外国を我田引水で使う説明方法なのです。

リースホールドは、期限限定の土地所有権ではありません。しかし、日本では東京大学の教授であった人が説明したということになると、それが真実になってしまうのです。

これは、日本の都市計画での、東京大学の都市工学の教授の説明は、みな本当ということになってしまうのです。そのため、低層一種住居専用地区にアパートマンションの建設を野放しにする土地利用計画や、土地と建築とを別々に考えるといった世界では例を見ない間違ったことを大学教育で教え、その卒業生達がそれを真実と思って行政や、コンサルタントや大学教育でやっているのですから、たまったものではありません。

英国のリースホールドは、地主自身として、自らの不動産の資産価値を高め続けるようにしようとしていることが重要なのです。ハワードは都市経営主体としてのガーデンシティ株式会社が地主となり、都市熟成の利益をガーデンシティの居住者に還元しようと考えたのです。

英国では、リースホールドにすることで、その持ち金を、住宅に全て投入できて、豊かな住環境を形成できたわけで、稲本要之助の言っているような時間限定で所有権を購入する形でリースホールドの権利を買わないといけなければ、住宅に回す費用はなくなって、日本の現在の定期借地権のようなことになってしまいます。

HICPMは、日本で権威を持っている人の語る嘘が、日本を悪くしていることで、国民が不利益を受けないようにその嘘を正すことをしてきました。そのため、権威者達はHICPMをいやがって悪く言いますが、そんなことはどっちでもよいことかもしれません。
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アメリカの住宅産業と日本の住宅産業の比較

日本の住宅産業といえば、次の2つの言葉で説明できる。
(1)差別化、ワンマーケット、売れ筋
(2)手離れの良い住宅、詐欺商売
(3)資産価値の減少、ローン破産、売買差損、自己破産

一方、アメリカの住宅は次の2つの言葉で説明できる。
(1)区別化、サブマーケット、個別特性
(2)手離れしない住宅、等価交換
(3)資産価値の増殖、資産形成、売買差益、リバースモーゲージ

日本では消費者をあまり意識しないで、一般的に良い住宅を造れば、高い値段で売れて、利益を上げられると考えている。しかし、消費者と一口に言うことができても、その要求は同じではない。住宅産業が貧しい社会では、住宅にありつけるということで売れた。今は、国民の消費能力が下がったので、安く造れば顧客を集められるということで、「安かろう」が営業の鍵になっている。この社会現象は、日本の住宅産業の貧しさを説明している。

アメリカでは住宅の要求は個人ごとに違っているということを前提に、消費者に満足のいく住宅地と住宅の開発に取り組んでいる。住宅のマーケットは1つではなく、多様なマーケットが共存していて、それぞれのマーケットごとにマーケットの需要に応える取り組みがされている。

日本の住宅は戦後の闇市や、よろずや、大衆食堂といったレベルである。それに対して、アメリカの住宅は専門店であり、デパートであり、和洋中専門のレストランである。

日本では住宅を売ってしまえば、ハイ、さようならで、できるだけ後腐れのない住宅販売をする。あたかも水商売のホステスとの付き合いのように、手離れがよくないといけないと考えている。その行動形態は、詐欺師と基本的に同じである。後から付きまとわれては困ると本気で考えている。

アメリカでは売った住宅に対して住宅を介して買った人との関係を切らさないようにと考えている。フロリダの最大級のビルダーでは、その販売住宅を売る為に、これまでそのビルダーから住宅を買ってくれた顧客にDMを送付するだけで、70%以上の住宅が売れてしまうという。

これはNAHBの言う、「顧客の70%を紹介客で取ることができないビルダーは怪しい経営をやっている」という言葉の説明でもある。ビルダーの建てた住宅が、その会社の看板であり、そこに住んでいる人が営業マンであるという考え方である。手離れのしない住宅販売は、営業経費の要らない住宅経営である。

住宅は不動産であるため、同じ地区に建てられた住宅が不調和に造られると、そこは無政府状態の貧しい住宅地になってしまう。しかし、日本では、他者と違う住宅を建てて、その違いを自社の優れた所と説明している。つまり、単なる違いを、自社住宅の優秀性であると説明することを差別と言っています。差別の集合体として造られた住宅地は、住宅が建て込んでいけばいくほど貧しい住宅地になります。魅力のない住宅地は、市場では相手にされず価格を下げます。

一方、アメリカでは、町全体としてのデザイン、街並みのデザインをマスタープランでしっかりつくっておいて、その計画どおりの町づくりと運営を行います。そこには、町づくりと運営管理のルールがあって、そのルールを守らない人には、レッドカードが出されます。つまり住宅の先取特権を押さえられます。このような仕組みになっている為、町の中に住宅が建設されていくに連れて、町全体は計画どおりに熟成して、皆の羨む住宅地としてそこに建っている住宅は、必ず購入したときより高い価格で取引きされます。

アメリカは、民間主導の住宅政策をとっています。日本も、民間主導の住宅政策をとる以外に選択肢を持たず、昨年、住生活基本法ができました。しかしその内容はまだ空洞状態です。私はアメリカの住宅政策について40年近く研究してきて、アメリカに学ぶ必要を深く感じています。住宅生産性研究会(HICPM)は、15年前に設立されてから、一貫してアメリカの優れたシステムを日本の住宅産業に取り入れる運動に取り組んできました。

HICPMのホームページを是非ご覧になってみてください。

970戸の構造郷土違反

970戸の構造強度違反

一建設とアーネストワンの2社、いずれも飯田建設から枝分かれしたパワービルダーが、1戸建て住宅970戸で構造強度違反があったということが明らかになった.同じ建築基準法違反があってもそれを次の3つの言葉で説明されてきた。

1.建築基準法違反 一般の違反建築
2. 耐震偽装 ヒューザーマンション,アパマンマンション
3.構造強度不足 一建設,アーネスとワン

この3種類について,印象としては,2番目に該当する建築が一番危険と言う風に思われていて,その解決は,建替しかないと言う基本論調で対策が検討された。
しかし,この2.についても,ヒューザーの場合とアパマンノ場合とは扱いが違っていて,前者は建替えしかないと言うような幹事で政府もジャーナリズムも扱っていたものが,アパマンノ場合には耐震補強ということしか提起されず,立替と言う言葉はほとんど出ていない。

ヒューザーの販売した耐震偽装マンションといわれた建築物が取り壊されなければならないような危険なもの出ないことは,姉歯元1級建築士がジャーナリストに対して,東京都に建った偽装マンションは,東京で発生した震度5の地震で全く問題がなかったといっているように.相当程度の強度は保有しており,くらげのように構造的に建つことのできない建築ではないのです。

強度が不足しているのであるだけのことで,その不足分を補強すればそれで足りるのです.耐震補強しか正しい解決策はないのです.建替えをすれば,それだけ国富の損失を招くことになるのです.それであるにもかかわらず,建替えをやろうとした理由は,関係者の責任追及をするための証拠隠滅と,もう1つはスクラップアンドビルドを進めることで,新たなマネーフローを作り,そこの介入して役人の骨拾いや,政治献金をくすねようとするこれまでのやり方をやろうとしている為です。

違反建築が970戸も発生して,違反建築取締りをする義務のある建築行政の怠慢問題が何故取り沙汰されないか. ジャーナリズムが問題にしないのかが、問われなければなりません.日本のジャーナリズムは,横着で、足で記事を書こうとはせず, 官公庁に霞網を張っていて,役人が配信するニュ-スだけを,尤らしく努力して取材したニュースのように扱ってきたからです. 詰まり、政府の御用宣伝後方機関に過ぎません.その為政府を批判することはしません。

政府批判の記事は、政府自体で事情作用ができず、政府として国民の批判を利用しようとするときにしか,政府批判のニュースは、TVや新聞等のメデイヤを飾りません。

法治国の国民が,法律を守ることで,国家は国民を守ってくれるから,建築について,専門知識がなくても安心してマンションを買えると信じて買ったマンションが、違反建築であったということに対して,これまで国家は、国民に対して強制してきた納税義務に対して、その反射的義務を果たしていないのです。建築行政に携わっている公務員に支払ってきた税金は何のため河考えれば,ジャーナリズムが何を生地にしなければならないかは明らかです。

ジャーナリズムが眠っている国には,情報公開は行なわれず,民主主義の実現は望めません.私は,耐震偽装を問題にしているジャーナリズムが、行政の責任追及をしようとしていないことは,問題の本質を国民の目からそらし、犯罪を別の形で隠蔽していることになると思います。

違反建築は,不正な方法で利益を上げようとするためで,それが常習化していることが970頭に渡る違反がやられたことになるのです.それを単なる関係者のミスとして不問に付そうとする記事がジャーナリズムを飾っています。

確認済み証は,確認申請書と法令の照合で,構造は審査対象になっている建築では、その検査はで着なかったと言う言い訳は認めてもよいでしょう.しかし,工事検査の最初の段階で,工事請負い契約書に添付された建築することの確定した工事図面について,それを建築関係法規に適合していることの検査を全くやっていない現状を、なぜ問題にしないのでしょう。

建築行政が法律どうりの事務をしていなくて、それが違反建築発生の原因となっていることを承知の上,それを放置していることを、何故問題にしないのでしょう.多分、多くノ役人は,これまで工事検査では工事図面の法令照合をしてこなかったと言い訳することはわかっています.しかし,建築基準法第7条の工事検査において、法律で定めた事項を確実にやろうとすれば、工事図面の法令照合なしにはできないことは明らかです。

私は,ここで主張している記事を、ジャーナリズム関係者に呼んでもらいたいと思っていますが、多分、読んでも、逃げてしまうのが、いまのジャーナリストなのです. 反論でも寄せてくれる危害のあるジャーナリストでもいれば僅かでも救いを感じます

日本の住宅政策の総括(住宅建設計画法)

日本の住宅政策の総括(住宅建設計画法)

居住水準と三世代同居による建替え、手離れのよい事業、この3つの用語ほど住宅建設計画法の性格をあらわしているものはありません。

居住水準による住宅政策とは、スクラップアンドビルドの政策なのです。当時、建設省は住宅政策を、エンドレスの行政需要とする確固たる政策として、居住水準を持ち出したのです。社会的には、国民の住生活水準を、段階的に引き上げるという建前を説明していました。しかし、当時の建設省住宅局のおかれた環境はもっと緊迫していました。

1950年から始まったGHQに指導された住宅政策は、住宅難の解消でした。非住宅居住、同居、要大修理住宅、狭小過密居住の解消で、その政策は、1世帯1住宅という政策目標の実現で、それは1965年までにほぼ実現されることになっていました。この政策が実現されてしまえば、住宅政策は不用になるという懸念が、住宅局に広がっていました。

住宅局は1965年から本格的に住宅産業の工業化政策を推し進めることにして、それまでの国民の住生活の下支え政策から、民間企業の産業政策に政策の重点を移そうと考えていました。それを政府政策住宅、つまり行政需要によって引っ張ろうと考えていたのです。居住水準として、最低、平均、優良の3段階を設けて、その目標に向けてスクラップアンドビルドを繰り返させていけば需要はエンドレスに作られ、役人主導で、産業を引っ張ることができ、天下りは無限に可能になると考えたのです。

当時の住宅局では、上級職公務員として入省した技術者は、25年経っても課長にしかなれませんでした。住宅局に技術課長のポストは2つしかありませんでした。労働組合の存在しない本省では、技術職は職場を放棄して、技術者の地位を高めてくれというデモンストレーションをやったりしました。新樹会という組織はそのような環境で生まれました。

プレハブ住宅の推進を公営住宅公団住宅、公社住宅として取り組むことが住宅政策の中心に置かれました。消費者中心から、産業中心に移ったと言ってよいと思います。この政策は、当時アメリカのHUD(住宅都市省)が進めていたOBT(オペレイションブレイクスルー)と呼ばれていた工業生産住宅政策を真似たものです。

アメリカではNAHB(全米ホームビルダー協会)は、OBTは地場の住宅建設業者を潰すものになるということで、HUDに対して、真っ向から反対しました。その結果はNAHBの勝利になりましたが、そのこじれた結果で1990年にHUDがPATH(産官学共同のエネルギー政策)を始めるまで、ハードな技術開発でHUDとNAHBの共同事業はできなかったほど、こじれたのです。

住宅産業は、基本的に地場産業でなければならないということを、アメリカの住宅産業は大きな犠牲を払って学んだのでした。しかし、日本では、産業と官僚とが結び付いて国民を騙して実際の価値が販売価格の半分以下のものを住宅金融公庫の融資対象価格として認め、又、住宅公団の分譲価格として業者の利益を保証してきたのです。

日米の住宅政策の違いが、今になってはっきりと現われているのです。結局、国民に価値のない住宅を高く買わせて、それは実は価値のない住宅であるから建て替えなさい、その目標は居住水準の実現であるとして、スクラップアンドビルドにより、GDPを最大にしてきたのです。

今回はこれから会議が始まるのでこれで終わりにして、又、この続きは次回に続けます。

日本の住宅政策

日本の住宅政策(1950年から2006年まで)

2006年6月住生活基本法が施行されて、新しい住宅政策が始まりました。何故、住生活基本法が必要になったのでしょうか。この法律の準備として、社会資本整備審議会が答申を出しています。その中で、何故これまでの住宅政策の基本となってきた住宅建設計画法が不要になったかということは書いてありません。住宅建設計画法による住宅政策は、居住水準の向上ということで国民に大きな成果を上げてきたと答申の中で評価しています。

本音は答申の中に書いてありません。本当のことは、住宅金融公庫、都市整備公団、地方公共団体という公共住宅事業主体が破綻して、公営住宅、公団住宅、公社住宅の供給を継続できなくなったということです。住宅建設計画法による住宅政策がよいか、悪いかと言う前に、これらの3制度自体が財政的に維持できなくなったということです。

この総括ができないために、過去の政策はよかったが、社会経済環境の変化に対応するため、政策転換が必要になったという総括になっているのです。一体、住宅建設計画法による政策の本音の評価は、どのようになっているのか、ということには、政府も住宅産業界も何も答えていません。

最も分りやすい評価は、日本の住宅を手にいれた人は、それによって家計支出の上で住宅以外の家計費支出を大きく圧迫されただけではなく、住宅を保有することによって、資産を失ってきました。日本全体で平均で年間3%の割合で、資産を失っています。アメリカでは、年間平均で6.5%で資産価値は高まっています。国民の住宅ローン負担も、所得の25%以下になっています。

日本全体で5000万戸の住宅があります。一戸2,000万円と仮定すると、全体で1,000兆円の住宅資産になります。日本では、毎年120万戸に住宅とリモデリングによって30兆円くらいの住宅投資がやられています。しかし、それと同額の住宅資産価値が毎年失われています。もしアメリカのような住宅建設がやられていたら、毎年65兆円以上の資産が増えることになります。その大きさは、国家の税収の1.5倍くらいになります。

国民が住宅を持つことによって、経済的には貧しくなっているだけではなく、平均26年ごとに建替えて、スクラップアンドビルドによるフローとしての住宅投資は大きくなっていますが、ストックとしての住宅資産は増大してはいません。政府は、GDPを最大にする経済政策を進めてきました。住宅を償却資産と扱う世界でも例を見ない不当な扱いによって、建替え事業を正当化してきた住宅政策が、住宅建設計画法による居住水準向上を目的とする住宅政策であったわけです。

住宅建設計画法(1966-2006)の前の、一世帯一住宅(住宅難世帯の解消)時代の住宅政策は、1950年GHQによる日本国憲法第25条(健康で文化的な生活)と第29条(財産権)の保証を、国民の住宅費負担と、住宅の資産価値増殖制度として提案されたものに基づいて実行する政策でした。GHQの提案はアメリカの1929年の世界恐恐に対して、アメリカが立ち直ったときの住宅政策の経験を日本に持ち込んだものでした。それは、主権者としての国民を救うことに重点を置いていました。

ニューデイル政策と呼ばれるケインズ経済学を世界で始めて実践したもので、TVA(テネシイバレーオーソリテイ)事業として日本では知られていますが、アメリカの経済では、住宅政策ということで知られています。FHAによって銀行の住宅ローンの担保であるモーゲージの債務負担を政府が行なうというものでした。この制度がその後のアメリカの住宅産業の隆盛の元になったとされています。

GHQは、その制度を住宅金融公庫の中心にしました。又、住宅の資産を増殖するシステムとしては、建築基準法第4章建築協定として、制度化されました。又、建築基準法ではモーゲージを前提にして、検査済証の交付を前提にして、使用許可とモーゲージの設定、保存登記をさせるという制度ができていました。1951年から始まった公営住宅制度では憲法25条に照らして、賃貸住宅の家賃負担は、家計支出の20%に収まるように、10坪の木造住宅の国庫補助金を除いた地方負担を6%の元利均等償還で計算したとき、償還期間を20年にする割きりを、新海悟郎の越冬住宅の研究成果から大蔵省がつまみぐいしたものでした。

家賃を同じ額にするためにコンクリートブロックに平屋と2階を、簡易耐火構造平屋建て、簡易耐火構造2階建てとして、それぞれ償還期間を35年と45年にし、鉄筋コンクリート造は70年にしました。いずれも支払い額の上限が最初に決められていたため償却期間で調整したのでした。最初は土地代も償却対象にしていました。何故なら、単に家賃を決めるための便法として焼却という考えを入れたためだったからです。

このように、日本の住宅政策は最初はGHQの指導にしたがって、主権在民の考えで取り組まれましたが、やがて経済成長によって所得が上昇したため、家計支出として支払うことが無理でも、やがて支払えることになるという安易なやり方で、物としての住宅を大きくすることでよい住宅を建設することの重点が置かれましたが、実際所得が上昇したため、矛盾が表に出ないで住宅政策を進めることができたわけです。

住宅公団については所得の25%の住宅費負担とするため、4.1%の特別金利が採用され、不足分は公団に対する政府の出資で補填することがやられました。住宅費負担については、初めは憲法25条の思想で運用されましたが、やがて全く無視されることになりました。憲法29条の資産作りの為の街並み造りは、建築基準法第4章を完全に無視することで事実上放棄されました。これはスクラップアンドビルドによるGDP最優先の住宅政策によって、むしろ無視することを積極的に進めてきたのです。

フローとして流れているお金を税金や政治献金や、役人のOBの雇用や闇のお金(裏がね)に使うことで、役人や政治家は美味しい生活を゛役得゛として、不正を正当化して手に入れてきました。見つかれば知らぬ顔をして、連帯責任は無責任で通してきました。それができなくなった現在でも、詐取したお金でも返せば罪にはならないということで処理されてきました。

GDP本位の政策とは官僚機構と一緒になって、行財政資金の勝手な利用を可能にする方法でもあったわけです。住宅難世帯の解消に目途がついた1965年には、住宅政策自体が不要になるということを意味していました。それでは住宅行政官僚は不要になるということで、居住水準を、最低、平均、優良と3段階設けて、建替えを含む水準向上を政策に織り込んで、スクラップアンドビルド政策で、いつまでも需要を行政ででっち上げる政策を始めました。悪く言えば、官僚がエンドレスで行政需要を作ることで、自らの生存できる仕組みを作ったのが、住宅建設計画法の行政であったわけです。
(続く)

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